日本科学者会議山口支部ニュース 第165号(通算)(2012年2月15日)
つ う し ん
WEB版 2017 復刻

約1年ぶりの「支部つうしん」をお届けします。2011年2月以降の活動報告と今後の予定です。

原発をつくらせない山口県民の会役員会報告

増山博行(山口支部常任幹事)

1月7日開催の原発をつくらせない山口県民の会の役員会に出席しました。当日の議題は「3.11はじめ2012年を見据えたとりくみ」でした。
 1)3.11から1年、これを期して、「さよなら原発」集会が全国で開催されます。山口県でも実行委員会主催で「さようなら原発全国1000万人アクションinやない」が3月10日に柳井市で開催されています。当日はサンビームやないで、松元ヒロ(元ニュースペーパのメンバー)のソロライブ等の福島支援チャリティイベントが行われたのち、反原発パレードが企画されています。原発をつくらせない山口県民の会は、実行委員会には直接は加盟しないということですが、つくらせない会の構成団体の幾つかは実行委員会に加盟ということです。山口からも県労連のバスが出るそうです。バスで参加される方はご連絡ください。集会の詳細はホームページ(http://ameblo.jp/1000mannin-yanai/)をご覧ください。
 2)つくらせない会では、7月まで県知事宛の署名運動を展開中です。いろんな署名があって、私もどれがどれだかすぐには分かりませんが、回ってきたら、ご協力ください。
 3)つくらせない会の2012年の総会は5月以降となりそうです。当分は、私がJSA山口支部の一員として、つくらせない会の役員会に出席の予定です。

原発勉強会のお知らせ

増山博行(山口支部常任幹事)
 JSA山口支部では1986年に「原子力発電とその問題点(改訂版)」という37ページのパンフレットを発行しております。今回の福島第一原発事故に対応するためには、大幅な書き足しが必要です。そのため、勉強会を立ち上げたいと考えます。
 電源三法、電気料金の総括原価方式、土壌・海洋汚染、自然(再生可能)エネルギー、地震、津波など、物理や化学の知識だけでは対応できません。一緒にやろうという有志を募ります。


日本科学者会議中国地区シンポジウムの報告

吉村高男(山口支部全国幹事)
 標記の中国地区シンポジウムが「フクシマ後の世界を拓く−原発問題を考える−」をテーマに掲げ、鳥取大学で2011年10月8日に開催されました。中国地区シンポジウムは2年に1度の頻度で開催しているもので、今年9月14日〜16日に岡山大学で開催される第19回総合学術研究集会のプレシンポジウムという意味合いも含めて実施されました。鳥取大学の大学祭にあわせたこともあり、一般市民を中心に約80名の参加がありました。大学生をはじめ、若者の参加が少なかったことは、最近の一般的な講演会場における様子を象徴するものでもありました。
 まず、最初に「原子力発電の実相と原子力事故」というテーマで、私が講演をしました。特に、今回の地震のエネルギーと特性、今日の商業用原子力発電の歴史、原子炉の運転によって必然的に蓄積される高レベルの放射性廃棄物(死の灰)の処理・処分について人類は本質的な解決策は持っていないこと、原発事故の歴史と福島第一原発事故の特性、報道情報から推測できることなどを紹介しました。さらに、1970年代に話題になったAmory B. Lovins が提案した「Soft Energy Path」が今後のエネルギー政策としては有効となることや、宇宙太陽光発電衛星による地上への電力供給が持続可能なエネルギーになることを強調しました。最後に、今日の原子力開発は1953年に国連演説を行った米国大統領Eisenhowerによる「Atoms for Peace」に端を発しているが、それは地球上での原子力平和利用であり、それには必然的に限界があり、本格的な原子力の平和利用は、太陽エネルギーの密度が薄くなり、化石燃料が存在しない「深宇宙」に、将来、人類が進出した際に本質的になることを提言しました。
 続いて、岡山支部の青山勲氏が「放射線被曝の危険性と人体への影響」というテーマで講演をされました。放射能と放射線の基本的な定義から入り、放射線被曝による急性障害、晩発性障害、遺伝的障害が起こる放射線量の閾値との関係、放射線障害には確定的影響と確率的影響があり、体内器官・組織の部位の違いや個人差により障害の現れ方にも違いが生じることなどが広島・長崎の原爆によるデータをもとに解説がありました。さらに、福島第一原発の事故後における世界各国の原発に依存しない世論の高まり等が報告されました。最後に、1972年に安斎育郎氏が日本学術会議で提案した「原発に関する6項目の点検基準」を示し、今後の原子力政策の在り方が確認されました。
 次に、広島支部の市川浩氏が「なぜ被爆国にこんなに多くの原発が生まれたのか?」というテーマで講演をされました。広島、長崎の原爆製造から始まった核開発の中で、原子力潜水艦の動力機関として開発された軍事用軽水炉(加圧水型)が、商業用原子炉としてスケールアップして行く過程を、まず歴史的に示されました。1958年、米国で最初に操業運転に入ったシッピングポート原子炉(加圧水型)の核燃料は、当時は低濃縮ウランとして使う発想はなく、原爆用高濃縮ウランを中心に置き、その周囲を天然ウランで包むというもので、必要なウラン濃縮度を求める原子炉物理学の計算を待たずに実用化に入った事実を述べられました。商業炉への積極的展開は1965年に加圧水型設計の標準化がされてからで、日本への導入は1968年の「日米原子力協力協定」を経て、本格的に軽水炉の建設が始まったことが紹介されました。さらに、1987年の「新日米原子力協力協定」を経て、それまでの原子力政策に関する日本への規制緩和が行われ、六ヶ所村等での「核燃料サイクル施設」の建設が始まったことが示されました。
 最後に、島根支部の上園昌武氏が「脱原発とCO2排出削減を進めながら経済発展は可能」というテーマで講演をされました。原発は軍事技術であり、原子力は人類が制御できない未完の技術であることが先ず強調されました。原発を増やしても温暖化対策には繋がらず、脱化石燃料も視野に入れた政策が肝要で、大規模集中型の発電システムから小規模分散型の発電システムにエネルギーシフトをすることが重要であるとの指摘がありました。さらに、脱原発の進め方について、省エネ家電や低燃費車などの技術対策による省エネ化、需要対策による小エネ化等をあげ、社会の価値観の転換を見直す必要があることが述べられました。特に、環境NGO「地球環境と大気汚染を考える全国市民会議(CASA)」による「CASA2020モデル」のコンピュータシミュレーション、エネルギーバランスモデルが示されたことは、大変有意義でした。
 講演の後、フロアの皆さんと4人の講演者との質疑応答を含め、積極的な意見交換が行われ、大変有意義なシンポジウムとなりました。今後の地球環境・エネルギーと原子力の課題について、会員の皆さんの専門領域を踏まえた、それらに対する総合的・本質的な議論をしっかり展開していくことが必要であることを実感しました。


支部活動報告
 支部事務局で把握している活動は下記のとおりです。他にありましたら、支部事務局までお知らせください。

宇部分会読書会
 2011年
  6月13日 玄田有史著「希望のつくり方」岩波新書 金田会員
  7月25日 堀江邦夫著「原発労働記」講談社文庫 三好会員
  9月27日 佐藤栄佐久著「福島原発の真実」平凡社新書 江木会員
  12月5日 ノーマン・カズンズ著「続・笑いと治癒力−生への意欲」岩波現代文庫 白藤会員


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