千石台出荷組合
行政合併(1市2町4村)に伴い、千石台地区も平成17年3月6日より、旧むつみ村から人口約6万1千人の『萩市』となりました。
 山口県の北東に位置し、一説によると徳川幕府時代、毛利藩の隠し畑として穀物が千石とれていた所から、千石台と呼ばれているようです。その後、荒地となり開拓地として戦後入植が初まり、当時の状況は笹とススキに覆われ、電気も水もない中、鍬と鎌での人力開墾で、その苦労は想像を絶し、入植時は70戸以上ありましたが、現在は20数戸です。
 先駆者の努力により、約90haの農地面積を有し、昔から作物のよく育つ肥沃な黒ぼく土壌と、標高400m〜500mの比較的冷涼な気候を生かし、夏秋を中心に畑作栽培が行われ、昭和40年代から盛んに青首だいこんが栽培されるようになりました。
 現在では、農業施設や生産技術も近代化が進み、山口県内最大の大根産地として、その名を広く知られるようになっています。

 だいこんの年間栽培面積は延100haで4,500トンを生産し、山口県内をはじめ広島・福岡へ出荷しています。その他にも、スイカ・コマツナなどの野菜が栽培され好評を得ています。
  
      千石台入植50周年記念誌
昭和30年代

たくわん加工やかんらん出荷

  リンゴの栽培
現代の写真

だいこんの出荷

  トラクターでの作業
トップへ戻る